【本田技研工業】ホンダ期間工時代の思い出 ワイガヤ・打ち上げ

期間工

 

7年間期間社員として働いた私が、期間工時代の思い出を語ります。

 

今回は、世界のHONDA

本田技研工業です。

本田技研工業の歴史

 

ホンダはかの有名な、本田宗一郎が一代で築き上げた日本を代表する会社です。

 

ホンダのHPによると、

1948年

従業員34人、資本金100万円。浜松の小さな町工場で自転車用補助エンジンの製造からスタート。

1954年

二輪最高峰とされたレースへの出場を宣言。5年後の1959年に初出場。

1958年 スーパーカブ発売

1961年 マン島TTレース初優勝

1962年 鈴鹿サーキット完成

1963年 四輪製造開始

1964年 F1初出場

1988年 F1史上初の16戦15勝

2000年 ASIMO発表

2015年 HondaJet引き渡し開始

引用:本田技研工業HP

 

本田技研工業株式会社となったのは1948年。

創業71年の会社です。

 

私は、ホンダで期間工としてトータル5年近く働きました。

 

他の自動車会社でも働きましたが、

ホンダは働きやすく、従業員の事を大切にしていると思います。

 

食堂のご飯がおいしいのは、期間工の中では有名です。

食事は自動車工場で一番です。

作業服も無料で会社が洗濯してくれます。

 

確かに働きやすいんですが、

その働きやすさに社員が甘えています。

 

入社前の私のホンダに対するイメージは、

若々しく、チャレンジするといった会社というイメージでした。

F1やバイク製造、本田宗一郎といったカリスマ、対トヨタの挑戦者

これらからそのようなイメージを持ったんだと思います。

 

しかし、実際に働いてみると違いました。

 

ホンダで期間社員として働いた感想

 

ホンダの現場で働いた感想を一言でいうと、

ぬるい、です。

 

積極性が無く、自分がラクしたい人が多いです。

 

ホンダには、ワイガヤ・打ち上げなど、独特の文化があります。

 

ワイガヤ

役職や年齢、性別を越えて気軽に『ワイワイガヤガヤ』と話し合う事

打ち上げ

上司に報告する事を打ち上げると言う

 

ワイガヤは、少なくとも現場では機能していません。

大の大人が皆押し黙って、誰かが発言するのを待っています。

はっきり言って、時間の無駄です。

現場での仕事

 

現場の仕事も楽を通り越して、ぬるいです。

皆、自分の工程の作業量が増えるのを嫌がります。

特に50代の社員は嫌がります。

大抵の場合、上司は30~40代で年下なので、

これを認めざる得ず、結果として作業が楽になり過ぎます。

 

ホンダは車1台当たりの利益が少ないですが、

こういう体質が関係しているのかもしれません。

 

実際、ホンダは主要自動車メーカーの平均年齢が一番高いです。

平均年齢 平均年収
日野 37.3 667
スバル 38.4 652
トヨタ 39.4 851
スズキ 40 681
マツダ 41.1 676
いすゞ 41.2 766
三菱 41.3 742
日産 41.8 815
ホンダ 45.6 819

 

ホンダは昔は若い会社でした。

その若さがパワーとなり、躍進を続けたん思います。

 

しかし、今のホンダはラクしたい集団にしか見えませんでした。

 

私は上層部の人と話したこともありませんし、ただの現場の期間工です。

数社自動車工場を回って比較した感想でしかありません。

 

 

最後にこんなエピソードがありました。

 

私がGDCという部署に用があって、社員に尋ねました

 

 

ジーディーシーって何するところなんですか?

それ、ジーディーシーじゃなくて
ジーデーシーだから。

ジーデーシー?

そう。

古い社員が呼びやすいように、デーと呼んでるの。

 

今時、Dを”ディ”ではなく”デー”と呼んでるのか

てか、そんなことも直せないのか?とそのとき思いました。

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